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ダッチワイフの開発過程について

roridoll 2019-07-31

いまから数十年前、東京と神奈川の都県境を流れる多摩川の河川敷での出来事である。友だちと野球をして遊んでいた私は草むらの中で見つけてしまったのだ。広げた両手と両足。ポカーンと開けた口──。「遺体だ!」。警察に連絡しようとしたが、妙に肌が白い。恐る恐る近づいてみると、等身大の女性の人形だった。

私は当時、中学生。近所のおじさんが教えてくれた。「あれはね、『ダッチワイフ』と呼ばれる人形なの。海水浴の浮輪のように空気で膨らませて使うんだ。空気を抜くとしぼむんだよ」ダッチ?ワイフ? 最初のうちは分からなかったが、人形の形状とおじさんの説明を思い起こすうち、それが果たす役割をおのずと知った。

数ある「大人のおもちゃ」の中でもひときわ大きな存在感を持つダッチワイフ。要するに、欲求を満たし安らぎを与えてくれる「特殊用途愛玩人形」である。その起源は19世紀後半、オランダ人の商人が妻を本国に残し、自国領だったインドネシアで取引していたときの境遇に由来すると言われる。でも、本当かどうかは分からない。

日本では昭和30年代からメディアに登場するようになった。「百万人のよる」など風俗雑誌が台頭し始めた時代である。「日本もようやく平和になったんだなあ」と述懐した男性も多かっただろう。

昭和31(1956)年の南極越冬隊がダッチワイフを持参したものの、質が悪くて実用的でなかったとも言われる。事実かどうかの確証はないが、その“俗説”にも絡み、「南極1号」「南極2号」という製品も生まれた。年配のみなさんはこの名前を聞くと、ニヤニヤとした表情を浮かべるだろう。

亡くなった奥さんや恋人を思い出してほしいと、「面影」という人形が登場したのは昭和57(1982)年。素材はそれまで主流だったソフトビニールではなく、人肌を感じさせるラテックス。抱くとぬくもりが伝わったという。足や腕を付け根から取り外し、バラバラにして収納できる点でも画期的だった。「ウサギ小屋」と呼ばれた日本の狭い住宅事情を考慮した工夫である。「影身」「影華」という商品も登場した。いわゆる「影3シリーズ」である。

顔は特段、美人ではない。誰にでも親しまれるような健康的で飽きない顔が好まれたという。横にすると目を閉じる開閉タイプ、目の部分がガラスで覆われ、透き通るタイプもあった。制作者は、縫い目を目立たなくさせることにも気を配った。詳しく書くのははばかられるが、利用者の好みに応じ、さまざまな「体位」を取ることもできた。

最近は「ラブドール」という、しゃれた呼び名に変わった。実物の女性と見間違うほど精巧なつくりで、とびきりの“美人”も続々と登場。ボディーの細部もかなり緻密になっている。

メーカーによると、人間の肌の感触や弾力、ぬくもりにこだわり、シリコーンを利用した特殊素材を開発。1体60万円はするという。男性だけでなく、女性からの需要や身体障害者の切実な悩みにも応える。メーカーは国内に4、5社あり、市場規模は約5億円という。

人間並みの大きさだから、通信販売が主流だ。だが、ダッチワイフのころには、「大人のおもちゃ屋」にも置いてあった。入り口に「18歳未満の入店はお断りします」と注意書きがついている、ませた子どもが気になってしょうがない店である。

庶民文化研究家の町田忍さん(68)によると、「大人のおもちゃ屋」という業態が登場したのは昭和40年代という。中でも人気を集めたのは「熊ん子」と呼ばれた民芸郷土人形である。先端におじさんの顔がついたこけしで、電気でブルブルと動く。要は電動バイブである。この男性型性具は電気のなかった江戸時代、「張り形」として大奥で人気を集めたという。性をおおらかに楽しむ文化は江戸時代に花開いたのかもしれない。

最近は「アダルトショップ」「大人のデパート」などと呼ばれるが、「大人のおもちゃ屋」と呼んだ方が、隠花植物のようにひっそり商売をしているような感じがするし、隠微なムードも漂う。昭和時代のネーミングはやはりセンスがある。